大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和63年(ラ)381号 決定 1988年10月27日

抗告人(養父となる者)

甲本一郎

同(養母となる者)

甲本花子

右両名代理人弁護士

橋本二三夫

事件本人(養子となる者)

甲本二郎

事件本人(養子となる者の父)

乙山冬夫

事件本人(養子となる者の母)

乙田春子

主文

本件抗告をいずれも棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件申立の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

二当裁判所の判断

1  当裁判所も、本件特別養子縁組の申立は理由がなくこれを却下すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原審判の理由説示と同一であるからここにこれを引用する。

(一)  原審判三枚目裏六行目の「丙秋夫」の次に「(七六才)」と、「月子」の次に「(五三才)」を、同一二行目の「了している。」の次に「その際、母春子は家事審判官から右養子縁組について意見を求められこれに反対した。」をそれぞれ加える。

(二)  同四枚目裏五行目の「示している。」の次に「すなわち、母春子は前記養子縁組の審判時に二郎と面接した際、二郎をみて思わず抱きたくなり許可を得て抱かせてもらい、また当日、夏子にも一目会いたいと思い、親戚の者と同行して丙宅へ行き、車を停めて車中から夏子の姿を見たが、そのことが後に問題となり丙から面接拒否の通告を受けた。右のように母春子は子供らに会いたい気持があるが、会わせてもらえず、またそのことが子供らにとってよくないと思い、その後は子供らに会っていない。更に、母春子は、特別養子縁組のことは新聞をみて知っていたが、抗告人側の誰からも本件縁組の申立につき事前に連絡を受けていなかった。母春子としては、二郎が現在抗告人ら夫婦に可愛いがられているので普通養子縁組を解消するまでの気持はないが、お腹を痛めた我が子と縁を切ることはとてもできないとの気持である。そして母春子はようやく収入も安定し、いずれ子供のために役立てようと貯金をはじめており、この気持が母春子の精神的な支えとなっており、再婚の予定はなく、健康状態は普通である。」

(三)  同四枚目裏一二行目と一三行目との間に次のとおり挿入する。

「3 抗告人らは、母春子の態度には子供に対する愛情のかけらさえ感じられず、春子は自己の身勝手な都合、欲望によって子に対する養育監護の義務を放棄し、二郎を悪意で遺棄した旨主張するが、上記認定事実によれば、春子が夫冬夫との婚姻破綻につき主たる有責性があり、子供を置いて家出をしたことは、その時点における子供に対する愛情を疑わしめるものがあるが、その後の行動より判断すれば、母春子に子供に対する愛情のかけらさえないとまで断ずることはできないし、現時点において、母春子が二郎を悪意で遺棄しているものとも認め難い。また、抗告人らは、母春子が本件特別養子縁組につき同意を与えない合理的な理由はなく、抗告人らに対する嫌がらせ、又は意地であり、二郎の真の幸福を願う母親なら同意を与えるのが当然の義務である旨主張する。しかし、上記認定事実によれば、母春子の子は二郎のみでなく夏子もいるにも拘らず、夏子については、現在に至るまで普通養子縁組の手続もとられず、将来は父冬夫が同人を引き取る可能性もあるのであるから、当然、同人と母春子との間の実親子関係は今後も存続することが明らかである。そうであれば、ここにおいて、二郎についてのみ母春子との実親子関係を終了させることが本件の場合二郎にとって真の幸福であるかはにわかに断定し難く、抗告人ら側の兄弟親族(特に丙秋夫が本件縁組申立につき主導的立場にある)があえて二郎についてのみ母春子との実親子関係を終了させようとすることに母春子が反対したとしても、肉親の情として止むを得ないものがあり、これをもって権利の濫用ということはできない。以上の次第で、抗告人らの主張はいずれも採用することができない。」

(四)  同四枚目裏一三行目の「そうすると、」の前に「4」を加え、同五枚目表二行目の「3」を削除する。

2  してみれば、これと同旨の原審判は相当であり本件抗告はいずれも理由がないのでこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官大和勇美 裁判官久末洋三 裁判官稲田龍樹)

別紙抗告状

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を大阪家庭裁判所に差し戻す。

との裁判を求める。

抗告の理由

1、原審判は本件については民法八一七条の六本文の要件を欠き、かつ同条但書に該当する事由もないとして申立を却下している。

本件については養子となる者の母の同意がないことは記録上明らかであるが、原審判は民法八一七条の六但書の事由の存否については何ら具体的に検討、判断することなく、養子となる者の母乙田春子が「子供達のことを終始心にかけてきて」いるから同条但書の事由は存しないとしたようである。

原審判は明らかに事実を誤認し、民法八一七条の六但書の解釈を誤ったものである。

2、特別養子縁組制度の目的

特別養子縁組制度は従来の普通養子縁組制度に比べ、専ら子の利益を図る本来の養子縁組制度の目的に合致するものである。

従来の普通養子縁組制度では、養子となる者は必ずしも未成年に限られることはなく、離縁も原則として何時でも可能であり、相続関係についても二組の父母が存在し、又戸籍上も養子であることが明示されていた。このように普通養子縁組は恵まれない子を温かい家庭に迎え入れ、その健全な育成を図るという本来の養子制度の目的には必ずしもそぐわないものであり、法律上も事実上も養子の存在基盤が極めて不安定であって、実方及びその親族第三者からの不当な干渉、あるいは相続、扶養をめぐる紛争に養子が巻き込まれる危険性は、かねてより立法の不備として指摘されていたところである。

特別養子縁組では養父母が唯一の父母であることが戸籍上も明らかとなり、実方の親族、第三者からの干渉、相続、扶養等の紛争から解放され、養親子関係が実親子関係と同じように確固で安定したものとなることが期待できる。

この法的枠組の中で養子は自己の家庭内での地位に疑念を抱かず、又養親も子の養育監護に専念することができるようになり、子の健全な育成を図ることができるのである。

3、本件は抗告人らが従来普通養子縁組をしていた甲本二郎を、特別養子縁組制度の新設によりこれを特別養子とするために申立てたものである。

原審判が正当に認定しているように抗告人らは、専ら甲本二郎の利益のために同人と養子縁組をなし、我が子同様に可愛がり、今まで四年間気を配って養育監護してきたものである。

特別養子縁組が普通養子縁組に比べ、子の健全な育成により合致するものである以上、裁判所としても単に母の同意がないというだけで申立を却下すべきでなく、養子となる者の母が離婚に至った経過、その時における子に対する態度、離婚後における子に対する態度、特別養子縁組に同意しない理由、必要性、又養父母となる者の子に対する養育監護の現状、養子となる者のおかれている環境等々子供の健全な育成に必要な条件を充分考慮のうえ、特別養子縁組の成立を認容するよう努力すべきである。

4、民法八一七条の六但書について

民法八一七条の六但書によれば、父母による虐待、悪意の遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由のある場合には父母の同意は不必要とされている。これは同意をしないことが一種の権利の濫用となる場合を規定したものである。

本件についてみるに、実母乙田春子は昭和五一年四月七日に実父乙山冬夫と婚姻し、長女夏子、長男二郎をもうけた。しかし春子は、裕福ではないにしても借財をしなければならないような状況ではなかったにもかかわらず(実父の月収は手取約二五万円で他にも夏冬の一時金があった)三〇〇万円〜四〇〇万円の借金を残したまま、昭和五九年二月一一日ころ二人の子供を残し突如家出をしてしまった。春子はこの借財の理由については一切口を閉ざしたままであり、借財については実父乙山冬夫が義理の兄とともに整理した。

当時二郎は満二才となったばかりであって、その養育監護については、母親の存在、愛情が最も必要な時期であった。にもかかわらず実母春子は「子供はいらない、かってに育ててくれ」と言い残したまま家出をしたのである。

春子の態度は子供に対する愛情のかけらさえ感じられず、春子は自己の身勝手な都合、欲望によって子に対する養育監護の義務を放棄し二郎を悪意で遺棄したと言わざるを得ない。

そしてその後抗告人らが二郎の普通養子縁組を申立てた時も事実上これに同意し、また現在に至るまで親としての責務を果たしたことはない。

本件申立にかかる特別養子縁組の同意についても、これを与えないことに何ら合理的な理由、必要性はない。同意をしないことは春子の子供の幸せを考えない我儘、気儘という以上に実父乙山冬夫及びその親族らに対するあてつけ、嫌がらせと言っても過言ではない。自己の意地のためには子の幸せをも顧みない春子の身勝手な性格、態度がここにも現われている。

二郎の真の幸福を願う母親なら同意を与えるのが当然の義務である。

5、以上のように特別養子縁組制度の目的、実母春子が離婚し二郎を悪意で遺棄するに至った経過、その後の二郎に対する春子の親としての責務の果たし方、同意を与えない理由、又抗告人らが現在に至るまで我が子同様に二郎を可愛がって養育監護し、二郎も抗告人らを実父母として何ら疑念を抱かず健やかに育っていることから考えれば、本件については民法八一七条の六但書の事由が存在することは明白である。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例